261192 ・社会統合 
岡田淳三郎さん。新理論はすでに登場しています@
徳永真亜基 55 東京 12/02/07 AM11
「新理論が登場してこない理由1・2」(msg:260986)読ませていただきました。
全く同感です!
私にはうまく言い表せなかったもやもやした気持ちを、見事に言い尽してくださっている感動的な投稿をありがとうございました。

「従って、いったん強固な「自分」観念を形成してしまうと、その「自分」観念を崩すことは自己の崩壊を意味することになるので、「自分」観念を疑うような根本追求に対する忌避回路が形成される。このような根本追求に対する忌避回路が形成されている以上、誰も近代観念を根底から覆すような大理論の構築に向かおうとしないのは当然である」(新理論が登場してこない理由1 msg:260986)

全く同感です!
近代観念を生み出した源泉となる「自我」ですが、この観念は一体いつ頃から我々の中心にどっかりと居座るようになったのでしょう。
科学は、今では、「自我」は神経系の錯覚に過ぎないことを解明しています。

樹上生活をしていたある種のサルが、森林がなくなるなどの何らかの環境の変化で地上に降りてきて、二足歩行をするようになったのが我々人類の始まりだと考えられていますが、そのことによって、頭がしっかりした脊柱の上に真っ直ぐに乗ったために 、鼻だけではなく喉でも空気の出し入れができる構造になりました。喉が食べ物を飲み込むだけでなく空気を吐くことも可能になったということは、声帯からいろいろな音が出せるようになったということです。
また手が自由に使えるようになったことで脳が発達して、その両者の相乗作用により、人類は自然界のあらゆる物に名前を付ける(様々なモノを音に置き換える)ようになり、やがてそれらを組み合わせた「言葉」を用いるようになり、これを境に我々はサルとは決定的に違う道を歩むことになります。

我々の体内に張り巡らされている神経系は、怪我をして痛いのは他でもないこの身体だし、マッサージをしてもらって気持ち良いのは他でもないこの身体だという、我々が感受できるごくわずかな範囲内の強烈な体験だけを重視して、境界線を持って存在しているかのように見えるこの身体の内側を、外界から切り離された独立したものと意識することになり、それに「自分」と名づけました。そのようにして自分という観念が作られるようになったわけです。
しかし現代科学は、この身体が外界と互いに影響し合いながら存在していて、決して個で存在してはいないことを突き止めています。と言うより、外界とこの身体は切っても切れない関係にあり、現代の我々が抱いている「自分」というのは、自然界のごく狭い範囲しか感受できない我々の神経系が見ていた錯覚に過ぎなかったと解明しています。人類は、その錯覚に過ぎないものに今まで翻弄されてきたのです。
宇宙がビッグバンから始まって今日までを1年に縮めて考えると、つい数秒前に生まれたに過ぎない錯覚の自我に、ずーっと翻弄され続けてきたのです。


「すでに、25年以上も前から、社会のいたるところで綻びが露呈し、その綻びが日増しに大きくなって危機的な様相を呈しているにもかかわらず、学者や官僚が小手先の弥縫策や矛盾を隠蔽する詭弁に終始し、決して根本追求に向かおうとしないのは、近代観念に刻印された、根本追求の忌避作用の為せる所である」(新理論が登場してこない理由1 msg:260986)

これもまったく同感です。私は、この「小手先の弥縫策や矛盾を隠蔽する詭弁」に対して、フライパンの中のチャーハンを混ぜ続けると表現しています。
(「人類はフライパンの中のチャーハンをいつまで混ぜ続けるのでしょうか?@」msg:260838)


「また、近代観念を見限って、予知や宇宙人やアセンション等の超常情報に収束している観念思考者たちも決して大理論の構築に向かおうとしないが、それは、彼らが「自分」観念を温存したまま超常現象に逃避しただけだからである‥‥」(新理論が登場してこない理由1 msg:260986)

この部分もまったく同感です!
実現論000705にも次のように記されています。「万人を導く統合理論も、志ある人々の協働によって、進化しつづけてゆくべきものであり、その為にはこの統合理論はあらゆるイデオロギーから脱却し、確かな事実だけに立脚した科学的な理論体系でなければならない」
「近代観念を見限って、予知や宇宙人やアセンション等の超常情報に収束している観念思考者たち」は、人間中心、自分中心の視点にしか立てません。それは自分の、あるいは自分たちの思想や理想につじつま合わせをした理論でしかありません。宗教もしかりです。だから宗教の数だけ教祖が存在し、世界は決して一つになれません。しかし科学だけは違います。本当の科学は、自己を滅却して(自分の感情や思想や理想などを取り払って)自然を解明しようとするものです。科学だけが「あらゆるイデオロギーから脱却し、確かな事実だけに立脚」できるものです。だから最終的には万物をつなぎ合わせて一つにしてくれます。世界を一つにしてくれる可能性を秘めたものは科学だけです。

(「岡田淳三郎さん。新理論はすでに登場していますA」につづく)
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