32127 ・社会統合 ・幼・少・青・壮・老 ・仕事・起業・共同体 ・認識論 ・市場時代 
世界的情報インフラを基盤として、人類のまつりがスタートする
笠原光 36 岩手 営業 02/05/28 PM11
世界は14世紀にそれまでの「農業社会」の基盤の上に「工業社会」を積み重ねた。この工業社会が、手工業社会から工業化社会へと進み1970年以降は機械化社会へ、さらに20世紀に入って自動化社会へと進み、20世紀末から21世紀の入り口までに情報化社会へと進んできた。

そして工業社会の最終段階である情報化社会の後には、これからの「事実を認識する社会」、そのあとの「創造する社会」への移行が「実現論」から予測される。現在の日本は、その「事実を認識する社会」段階に入りかかっている。(社会とはその時点での皆の求める意識の集合体である。)

科学と技術の進歩発展は、一旦は物質的に豊かな社会を形成した。しかし工業社会は、物質文明繁栄のバックボーンとなりながら、一方で、精神文明(本源的/共同体的資質)を荒廃させ解体してきた。あらゆる事象が経済闘争に組み込まれ、結果として政治、社会、教育等のさまざまな弊害となってあらわれ今日に至る。

一貫して物質文明社会の守護神であった「国家」は、物理的力を統合のよりどころとする以上、そのパラダイムを超えたバランサーとしての力は論理的にもちえない。

そうしたアンバランスを修正しつつ、新たな社会への動きが顕著になるのが、事実を認識し紡ぎだす場(皆の社会参加)なのである。
ここでは軍事闘争、経済闘争が価値尺度であった時代は終わり、事実に基づく認識の闘争の時代となる。

相対的な私権の獲得を根幹原理とした、効率・生産性の追求という工業社会(本質は消費社会)の基本的な価値観が相対的に低下してくる一方で、現在は人間としてお互いが期待し応望するという本来の生きている喜び、協働による生の歓喜(可能性)の追求という価値観がすでに潜在的に、かつ相対的に大きくなりつつある。
この2つの価値観と、それに基づくいろいろな社会システムやパラダイムの葛藤や軋みが顕在化し、新たな社会システムやパラダイムへと昇華されていくこのプロセスこそが、これからの20年間であり、そして人類にとっての『新しいまつり』の幕開けとなるのだろう。

『認識形成こそ、社会形成の生命部であり、それだけに最も困難な活動である。しかし、本気で社会を変えようと思うのなら、まず心ある人々から率先して、認識形成の真っ只中に身を置くべきであろう。』
四方勢至 超国家・超市場論18 (msg:32087)
閉じる