4916 ・社会統合 ・幼・少・青・壮・老 ・仕事・起業・共同体 ・認識論 
Re:自己を守るための自我
雪竹恭一 38 大阪府 営業 01/06/03 AM02
引用していただき有難うございます。自分の投稿に反応があると、やはり嬉しいものです。
「自己を守るための自我」については、私も度々考えたことがありますので、感想をレスさせていただきます。

>人は、自分ひとりで、自分を守るのはしんどいです。
 
確かにしんどいですね。しかし、なぜそのようなしんどい思いまでして、人は自分を守ろうとするのでしょうか?いったい何を守ろうとしているのでしょうか?   
私にも身に覚えがあることですが、人はしばしば自分のプライド、自己幻想、自分観念といった自我による幻想そのものを守ろうとします。しかも、他人からみるとどうでもよいようなことほど、自分で勝手に固執して、強固にその幻想を守ろうとします。例えば、顔の美醜や身体の特徴や能力評価など、他人からみるとどうでもよくて、たいして問題にも思っていないことでも、他人の目を気にして、他人の評価以上に自分の中で勝手に幻想を膨らませ、あつかましくも「自分は(他人が思っている以上に)もっとカッコイイ(美しい)、能力があるのだ」などとと思い込もうとします。(あまりあつかましくない性格の人は、自己正当化できずに、逆に卑屈になったり、思い悩んだりしますが、自己幻想に固執している点ではどちらも同じです。)

そして、そのような自己幻想を守ろうとする原因(自我を生み出し、自己幻想を生み出す原因)が、他人から愛されないのではないかという不安、他人から嫌われるのではないかという恐怖、他人への警戒心などであるわけですが、私は、そのような不安や恐怖も厳密に言えば幻影であり、幻想ではないかと思います。つまり、不安や恐怖の幻影に怯え、人は自己幻想を守ろうとするのではないかと考えます。

勿論、不幸にして親から可愛がられていないと感じたり、友達から仲間外れにされたと感じた経験は、多かれ少なかれ誰しもあることだと思いますが、だからといって、他人の全てがいつもいつもそうではないかと不安がるのは、単にその欠損体験の幻影に怯えているだけであって、全く根拠のないことだと思います。冷静に考えると、寂しい思いをした以上に楽しい体験はいっぱいあったはずです。また、人間が共認動物である以上、全ての人が、その人をいじめたり、仲間外れにしたりすることは有り得ないことであって、必ずその人を必要とし、受け入れてくれる人もいたはずです。しかも、時代の流れは、他人を蹴落としてでも勝ち残ることより、分かり合いや信頼を求める人が増えているわけですから、実際に他人から攻撃されることを心配して、自分を守ることの必要性もずっと小さくなっているはずです。

そう考えると、実際には殆ど心配する必要もない不安や恐怖の幻影に怯え、実際には殆ど誰も気にしてはいないことに勝手に自己幻想を膨らまして自分を守ることは、実にばかばかしいことではないかという気がします。実は、自分にはしんどい思いをして守らないといけないような中身はないのだ(守ろうとしているものの正体は不安幻影であり自己幻想である)というところまで思い至れば、自ずと心を開ける場所も見つかるのではないでしょうか。
閉じる