71464 ・社会統合 ・認識論 ・仕事・起業・共同体 
潜在思念発の大きな方向と大きな構成
岡田淳三郎 60代 大阪 経営 04/05/06 AM01
露店でも、劇場でも、語り(答え)の成否を決定するのは、最初の大きな方向と大きな構成であるが、それらは殆どが潜在思念によって生み出される。潜在思念が最初に(その場=話しの流れに応じた)大きな方向を発見し、次に(潜在思念の一部である各種の統合律が)大きな構成を見つけ出す。
従って、潜在思念で同化して吸収した理論なら、その場の流れに応じた大きな方向や大きな構成(もちろん、細部の構成も)を発見する武器となるが、頭で理解したつもりの「理論」は、本当の使い方が分からないのでピントがズレる。それでは、みんなの共認を得られる訳がないし、まして答えなど発見できる訳がない。
もちろん、自分発でも「重要」と判断した理論を、頭で徹底理解することは出来る。しかし、どれだけ理解できても、あくまでも自分発の話しの流れの中でしか使えない。だから、みんな発の話しの流れの中では、借り物の理論としてしか使えないことが浮き彫りになり、とうてい答えを発掘するには至らない。
まして、自分に都合よく、お題目として理解したつもりの「理論」では、それをしっかり語ることさえ出来ないことになる。

それは、旧観念と新理論の使い方の違いから出てくるとも言える。
旧観念は、実現不可能視を刻印された傍観者の頭の中を代償充足させることが出来さえすれば、それで良い。従って、旧観念は都合の良い潜在思念(共認価値や自我幻想)を結晶させて作られており、それらのお題目を頭で理解すれば自動的に潜在思念に直結する。何より、単なるお題目=単語なので、誰でもすぐに使える。
しかし、新理論は、物事を実現するための構造認識である。従って、潜在思念(みんな不全⇒みんな充足)に応えようとする強い実現の意思がなければ、何の価値もない代物であり、その上、実現する(=答えを出す)ことが生命なので、単にお題目(単語)を唱えていればそれで良いという訳にはいかない。

従って、新理論は、あくまで潜在思念(みんな不全⇒みんな充足)発で、相手(著者)に同化し、対象(理論)に応合することなしには、使いこなせない。(云うまでも無く、そこで相手に同化しきれない部分が、潜在思念(≒みんな)発の、新たな理論追求課題となる。)
要するに、新理論は旧観念とは全く異なる新しい位相に存在する。だから、新理論を使いこなせるまで吸収するには3年はかかる。それでもその壁を突き抜けようとするくらいの実現可能性を感じさせることが出来るかどうかが、今、我々に問われている。そして、その突破口もまた、相手に対する潜在思念による同化(同一視と応合)である。
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