83605 ・社会統合 ・市場時代 ・幼・少・青・壮・老 ・仕事・起業・共同体 ・認識論 
若者が目先に安住できるのは、なんで?
阿部和雄 41 東京 設備士 05/01/04 PM09
露店で出会う若者は、その場に溶け込むのがとても上手です。そして手伝い等の役割があるとすぐに応じて楽しむこともできるのですが、そこから先の課題共認〜認識の獲得へなかなか繋がらない、という実感もあります。

現在の若者の秩序収束の現れとして資格志向や公務員志向が議論されてきましたが、その奥に目先の役割収束、目先の課題収束という意識も強く存在している気がします。そしてその底流には“目先の共認収束(充足)”ともいえる意識潮流があるように思います。

社会は序列原理から共認原理へ。確かに時代は変わっているのに、共認によって得られる充足も目先化してしまう背後には、ほとんどの若者が抱えている“親和欠損”という問題が浮かび上がってきそうです。

親和欠損という同化障害を孕みながらも何かと同化しなくては生きてゆけないのが人間(=共認動物)です。親や社会が提示する観念(既存の制度や資格)に収束・同化しようとする流れが目先の秩序収束ならば、手近な人間関係の充足にとりあえず収束するのが“目先の共認(充足)収束”といえるのではないでしょうか。

最近顕著な家族収束などもこの“目先の共認(充足)”として捉えれば「とりあえず自分の小さな幸せは確保できる」という目先の安住志向に向かっているのだといえそうです。


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