92958 ・社会統合 ・幼・少・青・壮・老 
自我を見抜いて叩く
松尾茂実 39 佐賀 経営コンサルタント 05/06/19 AM00
私権が終焉した現在、他者否定の自我がストレートに表出することはなくなったが、その分巧みに自己正当化を図ろうとするようになった。その行為に対して何か違和感を感じるものの、自我の構造について無自覚だとついつい「そうかも」と思わされてしまうので、改めて自我の現れ方についてまとめてみた。

●個人的不全発⇒他者批判
出発点は自己の不全にある。それは親和欠損による苦しさや人間関係がうまくいかない、といった個人的な不全であるが、真の原因と向き合うことをせずに、外界に原因を求めて他者批判や現実否定をしようとする。

●問題のスリカエ
自我は普段は表に出せないが、何か問題が起きたときにここぞとばかりに批判をする。しかし、もともと批判・否定が目的なので問題の対象を直視することなく、誰もが認めるであろう対象に問題をスリカエて攻撃をすることになる。

●誇張
より多くの人に共認させるために、「わかりやすい」事例をこじつけながら、事の重大さを誇張しようとする。

●傍観者
そうである以上、自ら変わろうとか現実を変えようという気は全くなく、批判するだけで実現方針なしの傍観者としてのスタンスに終始する。


以上は、本人でさえ無意識に行っていることが多く、周囲からはっきりと指摘しなければ改善しない問題である。自我は共認を破壊する敵対物であり、迎合していては本人も集団も活力衰弱していくことを忘れてはいけない。


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