機械農法、化学農法は、利便性(快美)や生産効率⇒市場を前提に成立している。人類500万年の歴史の中で、自集団以外に生存の基本である食を委ねたことなど皆無である。いや、人類だけでなく生物史を見ても食を委ねたことなどない。
市場に委ねた(私権の獲得が第一)結果、食も幻想の対象となり、色・艶・形等が第一優先。安全性の確保は二の次になるだけでなく、自然や仲間への肯定視・共感・同化・共認の喪失が五感の、潜在思念の衰弱に繋がっている。
機械農法、化学農法は、食を生産するのではなく、私権を生産していた=幻想を生産していたと言えるのではないだろうか。
生存圧力の根幹部分に存在する自然・食・生産(様々な共認が内在)は、生物にとって最も根源的な活力源。しかも幼少期から高齢者まで担うことができる。
自然農法は、自然・食・生産が統合され、結果として、自然や仲間への肯定視・共感・同化・共認が五感の、潜在思念の再生に繋がり、次代の評価獲得競争=同類闘争の礎になるような気がしています。
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開放空間「THE ROTEN」の投稿を読んで 機械農法・化学農法か自然農法か?と...
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